翌日、さんさんと気持ちよく照る秋の日差しの下、と蔵馬はシルク・ド・フリークにハーフバンパイアの少年と蛇少年の2人を迎えに行った。ダレンは原色使いの目立つステージ衣装の海賊服しか持っていないらしいし、エブラは蛇そっくりの鱗があるその皮膚を隠すために、帽子を目深にかぶり、厚手のトレーナーにジーンズにサングラスといった格好だった。傍から見ていたら、かなり異彩を放つ二人組みだ。と蔵馬の表情に思わず苦笑いが浮かんだが、当人達はどこ吹く風といったようで、飄々としていた。
「それじゃ、行きましょ。海賊さんに蛇少年さん。」
が二人に声をかける。
「よろしくね。さん。蔵馬さん。」
、でいいわよ。」
ダレンにが言った。
「そっか。じゃ、よろしく、!」
ダレンはの手をギュっと握った。
その繋がった手を、さりげなく、ごく自然な調子で蔵馬が割って入って振りほどいた。
「俺も蔵馬、でいいですよ、ダレン。遠慮はしなくて結構です。…そっちが遠慮しないのなら、こちらも遠慮はしないですからね…。」
顔はあくまでにっこりと笑っていたが、にはその底にある蔵馬のダレンに対する敵愾心が見え見えであった。

まったく、子供相手に何やってるのかしら…。

ダレンには蔵馬の自分に対する敵意がわからず、無邪気な表情を浮かべて蔵馬にもよろしく、と手を差し伸べている。その手を蔵馬は相変わらず外面だけは極上のスマイルを貼り付けたまま、握り返した。
エブラはダレンよりも年が上であるせいか、そういった男女間の恋愛事に詳しいらしく、そっとに囁いてきた。
「なあ…。蔵馬のヤツ、途中でブチキレたり、しないよな?」
「エブラ君…。うん、大丈夫だと思うわ、多分…。」
幾許かの不安を残しながらも、一行は出発した。

最先端の流行発信地であるビル街から、情緒あふれる下町風の商店街、なぜか外国人に人気の大型電気店まで、と蔵馬は異国からの訪問者二人を様々な場所へと案内した。エブラは小型テレビが前々から欲しかったらしく、電気店で蔵馬と店員に相談して、良さそうなものを一台購入してしまった。
ダレンも楽しそうにいろいろな事物を見てはいたのだが、小さな子供の手を引いた家族連れの通行人を見ると、懐かしそうな、それでいて今にも泣き出しそうな切なげな瞳をすることがあった。
「ねえ、ダレン君は何か、欲しいものとかないの?」
両手を両親と繋いで歩いていく女の子を見つめていたダレンに、が尋ねた。
「ううん、特には。見ているだけで楽しいよ。」
の方を振り向きながらダレンは答えた。その顔には、急ごしらえの笑顔があった。
「……。すごく失礼なことを聞いてしまうかもしれないけれど、ダレン君はどうしてバンパイアになったの?あ、答えたくなかったら、無理しなくてもいいわ。」
の問いかけに対し、ダレンはしばらく下を向いたまま押し黙ってしまった。答える気がないのね、とが諦めかけた頃、ようやくダレンは静かに口を開いた。
「僕も4年半前までは、父さんと母さん、妹の四人家族で暮らす普通の人間だった。でも、ある日、僕の親友がマダム・オクタに噛まれたんだ。血清を貰うためにクレプスリーに出された条件が、ハーフバンパイアになって、あいつの手下になること…。血清はすごく貴重なものだったから…。」
ダレンの声は震えていた。取り返しのつかない過去を、今でも悔いているようだ。
「あの時、クレプスリーの出した条件を断っていたら…って今でもふと思うことがあるよ。でも、もうどうしようもない。僕が二度と人間には戻れないってことは事実なんだから、ちゃんと受け入れなきゃ。あ、でもね!あいつの手下になったお陰で経験できたこともたくさんあるから、もうあいつのことを恨む気持ちはないよ。」
「そうだったんだ。ごめんね、辛いことを聞いてしまって…。話してくれて、ありがとう。」
俯いた時にの栗色の髪の毛がさらりと彼女の顔にかかった。それを見たダレンは、
、僕の方からお願いしてもいいかな?髪の毛に触らせてもらっていい?」
と言った。
「え?私の髪に?」
こくん、とダレンは頷いた。
の髪の色、僕の妹の色と同じなんだ…。」
じっとの赤瑪瑙色の瞳を、対極的な涼しげな青い瞳のダレンが見つめた。
「うん。いいよ。」
は後ろに結んだポニーテールの房を手で持って前に差し出した。
「ありがとう、。」
ダレンはそっと慎重に、の髪の毛に手櫛を通した。
「アニー…。」
前髪に隠れてしまって、ダレンの表情はよく見えなかったが、その声はさっき以上に震えていた。幼い少年が家族を捨て、日の当たらない暗い暗い闇の道を歩むのは、並大抵のことではなかっただろう。
は咄嗟に、ダレン少年の背に手を回して抱きしめていた。の表情は10代の少女のものではなく、慈愛に満ち溢れた母のものになっていた。
「ありがとう…。ありがとう…。」
消え入りそうな声で、ダレンはに礼を言った。

に妹の面影を見ていたんですね…。本当なら魔界植物に喰わせてやりたいところだけど、今回は特別に見て見ぬフリをしてあげますよ。」
とダレンの会話を実はしっかりと聞いて、様子を遠目から見ていた蔵馬がそっと呟いた。そうこうしているうちに、からダレンが離れて、さっきと同じように明るい調子でおしゃべりをしだした。
「蔵馬、悪い。待たせたな。…あれ、どうした?何かあったか?」
シルク・ド・フリークのメンバーにお土産を選んで戻ってきたエブラが蔵馬の異変に気付いた。
「いいえ、別に。お土産はもう大丈夫ですか?」
「ああ、バッチリだ。」
「それじゃ、本日最後の目的地、幻海師範の寺へ向かいましょう。、ダレン!行きますよ。」
蔵馬はとダレンに声を掛けた。

「やっぱり外国人にはウチの寺のものでも、相当珍しいんだねぇ…。」
あちこちをキョロキョロと見回しながら、しきりと歓声を上げるダレンとエブラを見ながら、しみじみと幻海が呟いた。
今蔵馬とたちは、幻海の寺の本堂にいた。そこには巨大な真鍮製の仏像が鎮座していて、修行者が修練場としても使うために天井が高く、かなり広い。
「外国からの修学旅行の生徒が来るのって、明日でしたっけ?」
蔵馬が幻海に尋ねた。
「ああ、そうだよ。やっぱり仏像があるこの部屋を見せるのがいいかねぇ…?」
天井を見上げながら、幻海が言った。
「ここも素敵ですけど、いかにも日本庭園って感じのお庭もいいと思いますよ。」
も会話に加わる。
そこへ、ひとしきり感心して見学してきたダレンとエブラの二人が戻って来た。
「おばあさん、こんな珍しいものを見せてくれてありがとう。」
ダレンが幻海にペコリと頭を下げながら言った。
「いいんだよ。楽しめたかい?」
「うん。」
ここでダレンは腰に巻かれた赤い布の中から、一枚の紙切れを取り出した。
「これは僕たちのサーカスのオーナー、ミスター・トールから。お世話になった人が、僕たちのフリークショーに理解がありそうだったら、渡しなさいって。」
「日曜までのショーなら、いつでも見られるんで、ぜひどうぞ。」
エブラがさらに付け加えた。
紙切れの正体はシルク・ド・フリークのチケットだった。
「おやまあ。それじゃ、ありがたく貰っておくとするかね。それにしても、ショーが始まる時間は随分と遅いんだね。年寄りは眠くて仕方がないじゃないか。」
ダレンから受け取ったチケットに書かれた開演時間を見ながら幻海が言った。
「またまた。まだ若いよ、幻海師範。」
エブラがニヤリとしながら幻海にお世辞を言う。
「世界を巡業してるだけあって、口がお上手なガキだね、あんたは。」
幻海の皮肉に、一同はハハッと笑った。
この日はこれでと蔵馬はダレン達と別れることにした。日曜日まではシルク・ド・フリークの一団はあの廃材置き場にいるので、また遊びに行くと彼らに約束した。
幻海はもらったチケットを茶の間の丸卓の上に置いておくことにした。明日からやって来る修学旅行生にはきちんとガイドが付いているので、特に自分が案内する必要はなかった。折角もらったチケットを無駄にするわけにもいかないので、久しぶりに街の方に出るのもいいかと彼女は思ったのだが、残念ながら幻海がフリークショーを見に行くことはできなかったのである。